猫目茶寮

その時々の、好きなことを気まぐれに
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  [ 「草の上 星の下」「積極」谷川史子 ]
2008-10-30(Thu) 22:25:45
草の上星の下 (クイーンズコミックス)    積極-愛のうた (クイーンズコミックス)

「草の上 星の下」 「積極―愛のうた」 谷川史子 (集英社クイーンズコミックス)

谷川史子さんのマンガは、いつもかわいくて陽だまりみたいな雰囲気なのですが、時々、妙に心のやわらかいところを刺激するのか、読んでいると自然と涙が流れてきたりすることがあるのでした。
この前の夜も、「草の上 星の下」を読んでいたら、そんなふうになってしまって、自分でも驚くような状態に。その時の体調や心向きも関係があるのかもしれないけれど。

「草の上 星の下」は4つの短編が収録されています。
姉妹の話、男女の話、先生と生徒の話、父と娘の話。
「プリズム」と「春が来たなら」を読んでいて、静かに涙が。別に、先生に恋したことも、父親との心に残る思い出があるわけでもないのですが、妙に込み上げてくるものがあったのでした。

「春が来たなら」は、幼いころに母を亡くして、父と二人暮らしの娘が、そろそろ結婚を考えているんだけれど、お父さんと離れるのはさびしくて、でも意地を張ってしまって…というようなお話。またお父さんも不器用な人で。
子供の頃にお父さんが読んでくれた絵本にまつわるエピソードが、あたたかくて、とても良いのでした。


「積極―愛のうた」も読みました。こちらも短編集。
タイトルにもなっている「積極」が良かったです。
亡き妻のことを変わらずに想い続けている老教授に憧れている女子学生のお話。

教授は国文の先生なんだけど、詩や短歌を書いたよれよれのテキスト(お手製)を大事にしてたり、スズメにパン屑やったりして、いいですね、教授。

「積極」って、穏やかでもほのぼのでもないイメージのタイトルだけど、最後にこのタイトルが効いてきて、そういうことか!と感じ入ってしまうのでした。
古風で奥ゆかしくて、でも鮮烈な印象のラストでした。
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  [ 「akiko」矢野顕子 ]
2008-10-28(Tue) 23:08:49
akiko  akiko-Complete Box-(初回限定盤DVD付)
「akiko」 矢野顕子 (画像右は、限定盤)

矢野顕子さんのニューアルバム「akiko」を聴いてます。ストレートなタイトルです。
オリジナルアルバムは4年ぶり。
4年前って、私、何してたかなぁ。まだこのブログも初めていませんでした。そう思うとすごく長い時がたったように感じます。

久しぶりのアルバムは、グラミー賞受賞音楽プロデューサー、T・ボーン・バーネットをプロデュースに迎えた作品です。

聴くたびに良くなっていくような気がします。結構、一人で踊りたくなっちゃうかも(笑)
yanokamiは、軽やかで光の反射みたいな感じだったけど、「akiko」は重厚でコクのある感じですね。その力強さが気持ちいいです。

最初、一通り聴いて、反応したのは、5曲目の「Whole Lotta Love 」
かっこいー! レッド・ツェッペリンのカバーなんですね。
朝日新聞のインタビューで、「ケモノの私に再開」という記事がありましたが、この曲が一番ケモノっぽいと思いました。
これはライブで聴いたら凄そう。
今年はさとがえるコンサートは断念したのですが、アルバム聴いたら残念な気持ちになってきました。
「しまった」ですね。

そう、「しまった」という曲があるのですが、今度から何か忘れたり失敗したりしたら、♪「あっしまった~」と歌ってしまいそうです。

3曲目「The Long Time Now 」も好きです。
私の中では、水の上を歩いて行って、一歩一歩波紋が広がっていくようなイメージ。


今回のアルバムは、普通盤と、限定盤コンプリートボックスが出てまして、限定盤は、日本語盤+英語盤(曲目は同じ)+DVDの3枚組、コンプリートボックスです。
値段もいいし、英語盤なんて聴くの~?と思い、どうしようかと思ったけど、結局限定盤を買ってしまうファン心理よ。
これから英語盤聴きます~。
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  [ 「ファンタジウム」杉本亜未 ]
2008-10-26(Sun) 22:48:04
ファンタジウム 1 (1) (モーニングKC)
「ファンタジウム」1~3巻 杉本亜未 (講談社モーニングKC)

「紳士淑女の皆さん!摩訶不思議な手品の世界をご覧にいれましょう!」(帯より)

貸していただいた「ファンタジウム」を読みました。
表紙の子がかわいいなぁ、と思っていたんだけど、ほんとに良い少年でした。彼はマジシャンなんだけど、観ている人に、暖かくて優しい魔法をかける。お姉さんはファンになりそうでした(笑)

あらすじは…。
手品師だった祖父を慕っていた北條は、大人になったら祖父のようなマジシャンになりたいと夢見ていたが、今は普通の会社員をしている。ある日、北條は天才的なマジックの才能を持つ少年・長見良と出会い、彼が祖父の弟子だったことを知る。
実は良は難読症で、文字の読み書きができないという障害を持つ子供だった。北條は良を一流のマジシャンにしたいと思い、一緒に暮らし始める。

マジックの世界のことは全然わかりませんが、こんな不思議なことができるんだなぁと驚きます。
種も仕掛けもあるんだけど、魔法のよう鮮やかに魅せられる。
良は読み書きができないせいで、学校にもなじめず登校拒否になったりと、今までたくさん傷ついてきたはず。でも強くひょうひょうと元気に生きているように見えます。
何もできないけれど、マジックだけはできる。良のマジックは、観ている人を幸せにるするような感じです。

その良の才能に惚れこんで、サラリーマンで勤めもあるのにマネージャー役をやっている北條。
世界のトップに立たせたいと思う北條と、勝ち負けを決めたり競争するのは嫌いだという良が、今後どのようにマジックの世界を進んでいくのかも気になるところです。
良が北條を「おじさん」と呼んで信頼しているのも健気です。

北條が新しい学校を探してきたので、おじさんが行けっていうなら…と、転校して通うことになるんですけど、そこでいじめにあったりして、この学校のやつらは卑怯者ばっかりなのかよ!と思ったわたくしでございます。2巻は読んでいて辛い部分もありました。
でも良は全然負けないのでした。頑張れ!

3巻まで読んだんですけど、3巻が気になるところで終わっていて、続きはいつ読めるの!?と思ったら、3巻の発行日が9月でありました。出たばかりだったのね…。
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  [ 「ココの詩」高楼方子 ]
2008-10-24(Fri) 23:06:34
koko
「ココの詩」 高楼方子 (リブリオ出版)

タイトルの「詩」は「うた」と読みます。
舞台はフィレンツェ。子供部屋にいた人形のココは、ある日動きだし、家を出て外の世界へと歩きだします。
人形たちは自由に動けないけれど、「もしも思いっきりの力というのを全部ふりしぼりさえすれば、ちょっとした動作をすることもできたし、何歩か歩くことだってできたのです。」
思いっきりの力で動きだしたココは、水色の洋服を着、それからどんどんなめらかに動けるようになっていきます。人間の女の子のように。
外に出たココは、悪いネズミに騙されて、ネコの召し使いになることに。そのネコたちはベッキオ宮を根城にして、ウフィツィ美術館の絵を贋作とすり替えていたのでした。

この本にはあまりのめり込むことができませんでした。
何故だろう。ココに感情移入することができなかったからかも。
ヤクザなネズミに騙されて、借金と引き換えにネコに引き渡され、それなのにネズミのヤスのことを信じ切っていて、迎えに来てくれるのを待ってたり。
あとから真実を知って、それを承知でヤスに心ひかれて、また騙されたり。
ココ、そんな男はやめたほうがいいわ!
まぁ、でもヤスに惹かれる気持ちも少しはわかるけど。確かにカッコいいところもあるかもしれないけど。
動き出した人形に、擬人化されたネコにネズミ、非常に子供向きでかわいらしい印象なのですが、ココの心の動きは恋する女の人のようですね。

ネコたちは、贋作を作って悪いことをしているんだけど、「悪人」というイメージではありません。
憎めないようなキャラクターだし、真剣に贋作を作る姿は、職人のよう。まがいものなのに、本物の輝きをもつような絵を描いて、絵が完成した後、充実感に浸っているところは、いいなぁ、このひとたち、と思います。
ヤスも「ヤクザなネズミ」とか言われてるけど、別に悪事を尽くしているわけではないんですよね。

四部構成で、第二部までは贋作を作るネコたちと、それを阻止しようとするネズミたち…という展開なのですが、第三部から突然時空を超えた展開になってびっくりします。
そして、最終章の第四部がとても儚い終わり方なのでした。

もう、儚すぎて、祇園精舎の鐘の声が聞こえるかと思うくらい。(フィレンツェなので聞こえないと思いますが…)
もう、気持ちとしては、海の泡のような儚さでした。すべては跡形もなく。
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  [ 届かないもの ]
2008-10-22(Wed) 22:13:32
今日発売でまだ届かないもの。

遊佐未森のDVD
矢野顕子のニューアルバム


そろそろ届いてもいい頃だけど、まだ届かないもの。
遊佐未森ライブ札幌公演チケット


遊佐未森さんの初期の頃のビデオ作品5タイトルが、DVDになって発売されるってことで、その話を聞いた時、私の頭の中には、「もちろん全部買う」っていう発想しかありませんでした。
ビデオは当然持っているわけだけど。
発売日に全部買わなくても、ライブ会場で買ってもいいかなーと思って、全部は予約しなかったのだけれど、その注文したものが、届くどころか、まだ発送にもなっていないので、ちょっとアマゾンさん!と思ってます。
届いてすぐ観るわけじゃないからいいんだけどね。

しかし、アッコちゃんのアルバムを同時に注文したのは誤算でした。
DVDの発送が遅れているので、アルバムも届かない~。

ライブのチケットはそろそろ届いてもいい頃だと思うけど、これも発送がまだみたいですね~。
もう2週間切ってるんだけどなぁ。
先のことだと思っていたライブも近づいてきて、楽しみなことでございます。
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  [ 映画「グーグーだって猫である」 ]
2008-10-19(Sun) 19:29:41
gou

映画「グーグーだって猫である」を観てきました。
最初、地元で上映するかどうかわからず、一瞬、青森まで観に行こうかと思ったほどだったのですが、映画一本のためにそこまで交通費かけるか?と思い、冷静になってやめました。やめておいてよかった。わりとすぐこちらでも公開されました。

なぜこの映画にそんなに執着していたのか自分でも謎です。何かの暗示にかかっていたのかしら~。
友人たちに、あなたはこの映画を観るべきだとすすめられたし。
そんなこんなで期待しすぎていたせいか、映画はちょっと拍子抜けしてしまった部分もありました。でも観終わって前向きな気持ちになれたかな。

ストーリーは…。
天才漫画家、小島麻子(小泉今日子)は、最愛の猫サバを亡くし、失意で漫画が描けなくなってしまった。ある日、ペットショップで出会った子猫に運命的なものを感じ、麻子は再び猫と暮らし始める。猫の名前はグーグー。

猫との日常を綴った大島弓子のエッセイマンガ「グーグーだって猫である」が原作です。
ほんとに猫との日々がメインの話なので、ドラマになりにくい話だよなぁと思っていました。

でも映画では、麻子のアシスタント達が登場し、にぎやかで楽しい雰囲気になっています。アシスタントのナオミ(上野樹里)も大活躍。不思議な魅力の青年も登場して、麻子さんはほんのり恋心を抱いたりもするのでした。加瀬亮はいい感じだなぁ。

楽しい部分が多いのですが、最初に猫のサバの死があって、そして話がすすんで、麻子さんが病気になったり…と、喪失感も漂っていますね。
英会話教室の外国人がああいう役回りだったとは、驚いたのでした。
夜の井の頭公園を夢うつつで抜けて、麻子さんがサバとお茶を飲むシーンが好きです。幻想的であたたかい。
グーグーの映画というよりも、サバのほうが存在が大きかったような気もします。

映画のところどころで、大島弓子の漫画が、小島麻子の作品としてスクリーンに映し出されます。
「四月怪談」とか「バナナブレッドのプティング」とか、ちょっとじーんとしてしまいましたよ。
これから生き返る、これから生まれてくる、というようなことが描いてある場面でした。
ラストのほうで使われていた「8月に生まれる子供」は、以前読んだマンガの内容をよく覚えていないのですが(こんな凄そうな話を忘れるなんて…)、映画の中では、再び生まれるというように描かれていましたね。
犬童監督は、昔から大島弓子ファンで、以前にも大島作品を映画化しているのだそうです。なるほど~と思いました。

実は猫がメインの映画ではないのですが、グーグーはやはり愛らしかったです。
アメリカンショートヘアの子猫なんてメロメロになるに決まってます。
グーグーが白猫を追いかけるところもかわいかったです。

あと、楳図かずおが出てきたのにはびっくりしました。
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  [ チィチィパッパ ]
2008-10-16(Thu) 19:16:15
20081016

北海道のお菓子屋さん、六花亭の新商品「チィチィパッパ」
スズメのかわいらしさに、「これは!!」と、手に取らずにはいられませんでした。
中身はコーンのクランチチョコです。
とうきび味のチョコというよりも、乾燥コーンが入っていたりして、とにかく濃厚な味わいです。
コーンポタージュスープの味といいましょうか…。
コーン好き、ポタージュ好き、チョコ好き、スズメ好き(?)の私には嬉しい商品でした。

六花亭は最近、童謡シリーズの菓子を売り出してますね。
今年の一月に、ネズミの絵が描いてあるパッケージの「ずいずいずっころばし」を見つけた時も衝撃的でした。さすがネズミ年…!と思ったよ。
でも「ずいずいずっころばし」は、袋はかわいいけど、あまり私の好みの味じゃあなかったのです。

童謡シリーズは他に、「雪やこんこ」「どこかで春が」があります。
まだ他にも開発中なのかしら。
来年は丑年だから、もしかして牛の商品を…!?(でも牛の歌だと、「ドナドナ」とかだもの、ダメだなぁ)

六花亭のお菓子はかわいくて美味しいものが多くて嬉しいのでございます。


***


家の隣が空き地じゃなくなってから、庭のスズメ食堂はお客さんが激減してしまったのだけど、最近またちらほらと戻ってきました。
でも前のような賑わいは無くなってしまいました。
やはり動物にとっては大きな環境変化だったのだろうなぁ。
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  [ 「猫のあしあと」町田康 ]
2008-10-14(Tue) 21:48:09
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「猫のあしあと」 町田康 (講談社)

町田康さんの猫エッセイ第二弾。
友達から借りました。第二弾ですが、第一弾は未読です。

面白おかしいような軽めの文体で書かれているので、すらすら読んでしまいました。
面白おかしい感じなのですが、猫をたくさん飼っていて、しかもどんどん増えていって、その猫が病気を持っていたり、生きるか死ぬかの瀬戸際だったり、回復に向かう猫もいれば、息を引き取ってしまう猫もいて、実はなかなかハードなのです。

町田さんは、家に猫がいて、仕事場にも猫がいます。
飼っていた猫が亡くなって、その猫の兄弟が近所にいるらしいので(ノラ猫)、もしいるのならば保護したいので連れて来てほしい…と、猫のボランティアの団体に頼んだところ、これは違うだろ?という感じの似てない猫を連れてこられ、違うと思うけど、それでも引き取ることにします。
それが4回も続くのですよ、凄いなぁ。

そしてこの猫たちは、ノラだったので、人間を警戒しまくり、常に「シャア」と威嚇して決して身体に触らせない、しかも病気があるらしい…。もう大変です。
そんなつれない猫のことも真剣に考えている町田さん。
この猫たちがこんなにも人間に怯えるのは、以前に人間に酷い目にあわされたせいなのだろう。
怖がるのは当然のことなので、善意が通じないからといって、猫に対して怒るのは間違いなのだと。
そうだなのだなぁ、と思います。
仕事場の猫たちの警戒心が、だんだんと緩くなっていくのがうれしいです。

町田さんの家のほうには、懐いている猫たちがいるのですが、その家に更に、動物愛護センターで処分される寸前だった子猫を保護してきて、この子がまた文字通り今にも死にそうな状態になったり、そうこうしているうちに、長年一緒に暮らしていた猫が突然不調になったり…、かなり心の休まらない状態が続きます。

飼い猫の不調を自分の不注意のせいだと思う町田さん。
「動物を飼うということは、いわば他の命を預かるということで、自分のものなら粗末に扱ってもよいが、他から預かったものは大事に扱って、いずれお返ししなければならない。」

私も、自分のそばにいる小さくて温かな生き物を、もっと大事にしようと思いました。
この世を去る時は、幸せな気持ちで行ってほしい。まだまだ生きますけどね、家の猫は。


本の帯の写真は、ゲンゾーという猫。とても人懐っこい猫だそうです。人と猫との思い出話を聞くと、幸せな気持ちになったり、悲しい気持ちになったりするなぁ。
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  [ 高楼方子講演会 ]
2008-10-12(Sun) 21:15:29
昨日は、児童文学作家、高楼方子さんの講演会に行ってきました。
最近、ブログに高楼関連の記事が続いてるのは、この講演会に行く前に、読めるだけ読んでおこうと思ったからです。たいして読めませんでしが…。

「児童文学の魅力」と題された講演会。
高楼さんは、柔らかな雰囲気だけれど、ハッキリしたところもあるような、お茶目でチャーミングな感じの方でした。
自作の紹介や、制作裏話なども聞けて面白かったです。朗読もありました。実りある2時間でした。

本を持って行ったらサインをしてもらえたのに、持参していなかったのが残念でした。
サインのことは心にあったけど、本は会場で売ってるのでは?と思った私が甘かったよ…。
サインを抜きにしても、売ってたら絶対買ったのにー。
高楼さんの著作をもっと読みたい、と思わせる講演会でした。


講演内容は、折りたたんでおきますので、興味のある方はご覧ください。↓
 More...
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  [ 「記憶の小瓶」高楼方子 ]
2008-10-10(Fri) 21:50:27
記憶の小瓶
「記憶の小瓶」 高楼方子 (クレヨンハウス)

児童文学作家、高楼方子さんが自分の子供時代のことを綴ったエッセイ。
2歳頃から小学校2年生くらいまでのエピソードが描かれています。
高楼さんは函館出身の方。昭和30年代の函館の街を想像しながら読みました。

序文に「人の幼少期の話は、自分の幼少期の記憶を呼び覚まします。」という言葉があり、まさしく私もこの本を読んで、自分の子供の頃のことを思い出しました。
ただし、子供の頃の幸福な思い出よりも、もやもやした気持ちのほうがより多くよみがえってきました。

今、大人目線で子供をみれば、小さい子の言動は無邪気でかわいいけれど、子供にしてみれば、突拍子のないことも本気で、いろんなことが大変だと思います。些細な衝撃も大きく感じてしまうし。

あとがきにあった言葉。
「親きょうだい、先生、友人といった人々が、幼い自分の周囲でどうふるまったか、その時、自分はそれをどう受け止めたか、といった記憶は、少なくとも、子どもに何をしてはいけないかを、教えてくれるものです。」

私の身近にいる子供といえば、姪なのだけれど、私は姪に無理解な大人のひとの態度で接してはいないだろうか、と思ったよ。
昔、小学生だった私が書いたドラえもんの歌詞の紙を、私の伯母はとても喜んで貰ってくれたのだけれど、私は姪が書いたメモをそんなに喜んで貰うことができるかな?


この本のイラストは高楼さんご本人の手によるもののようです。
シンプルな線で描かれた植物の模様が私好みです。
エッセイの中にお姉さんも登場するのですが(もちろんまだ子供)、このお姉さんが「時計坂の家」等の挿絵を描いているんですね。このお姉さんが!と思います。
才能のある姉妹なのですね。


「○ット」「○ープ」など、○の部分にカタカナを一文字入れて、言葉を作るという一年生の授業で、「○○シー」に、みんなが「タクシー」と答える中、一人「ジプシー」と答えた高楼さんが好きです。
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  [ さかなかな ]
2008-10-06(Mon) 21:09:21
20081006

いただき物の「おさかなマドレーヌ」
さかなの形がかわいいです。タイ焼きとかだと巨大だけど、マドレーヌらしく小魚なのが微笑ましい。
並べて泳がせてみたくなります。
ついでに深い意味はなく、ネコクリップも添えてみました。

食材としての魚介類は苦手で、魚をあまり食べずに生きているんですけど、魚のモチーフは何故か好きです。
かつては、魚のバレッタ(髪留め)を愛用し、血迷って魚のイヤリングを買ったりもしました(確か一度しか使っていない…)
下に敷いてあるのは、高校の美術の時間に作ったシルクスクリーンのハンカチ。
おさかなマドレーヌのために発掘してみました。なんかもう布が色褪せちゃってて、歴史を感じました。
この力の抜けた模様は、私の内面世界ををよく表していると思います(笑)

このハンカチの魚は、昔あった「トトカルチョ」っていうスナック菓子(黒いところがチョコで、骨の部分がビスケット)を絵にしたものなんですけど、このお菓子の形が当時の私にとってはかわいくてしょうがなかったんです。同じく美術の時間の七宝焼きブローチもこの魚のデザインでした。

さかな系のスナック菓子と言えば、「おっとっと」は今もありますけど、昔、「さかなかな」ってありましたよね。
CMの♪さっかなっかな さかなかな~♪という歌しか思い出せません。どんなお菓子だったかしら…。思い出せないと気になる…。

そんなこんなで、つい、さかなについて、あれこれ思いを巡らせてしまいましたが、おさかなマドレーヌ、かわいらしく、美味しかったです。

ちなみに私が好きなモチーフは、猫、蛙、鳥、魚といったところでしょうか。
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  [ 「時計坂の家」高楼方子 ]
2008-10-04(Sat) 19:18:16
tokei
「時計坂の家」 高楼方子 (リブリオ出版)

現在、自分の心の中で、高楼方子フェアを実施中。
「時計坂の家」を読んでみました。
読み終わって、ああっ、私はこの本が好きだーっ!と言わずにはいられません。
読んでいる最中も、ページをめくりながら嬉しくて、面白くて、しょうがなかったのです。

12歳の夏休み、いとこのマリカからの手紙をきっかけに、遠くに住む祖父の家で過ごすことになったフー子。
汽車に揺られて、辿り着いた汀館(みぎわだて)は、古い港町。煉瓦造りの時計塔が建ち、時計坂と呼ばれる坂の近くに祖父の家はあった。
古びた家の階段の踊り場には、不思議な位置に段と窓があり、どうやら昔は扉があって外へと続いていたらしい。
ある時、窓に掛かった錆びた懐中時計が花のように開き始め、隣の家があるはずの窓の外には、緑の園が広がり、フー子を誘う…。

古い家の開かずの扉の外に、不思議な世界が広がっていたら、それはもう気になってしょうがないでしょう。
でも、花の香りがたちこめ、どこからか歌声が響くその世界は、あまやかな魅力があると同時に、何か踏み込んではいけないような陰りもあるのでした。

フー子の母がまだ幼かった頃に、この家で亡くなったという祖母の死の謎や、怪しげなロシアの時計職人、不思議な模様の古びたスカーフが意味するもの…など、ミステリー仕立てのような部分もあり、続きが気になって、ぐんぐん読めてしまうのでした。

すらりと美しく、奔放な性格の同じ年のいとこ、マリカへの憧れや、それに引き換え自分は…と思ってしまうフー子の気持ち、また、マリカのいとこ(フー子にとっては、いとこのいとこ)の少年、映介への淡い想い(淡いけれど強いのかもしれない)なども描かれています。

花香る緑の園に魅せられ、奥へと進んでいくフー子と、ロシアの時計職人の人物像を探るために、調べ物をする映介、それぞれの場面が面白く、「すてきな別の世界」に対するときめきと、謎解きのワクワクに、幻惑されながら読みました。

読み終わったあと、ちょっとふらふらした感じでした。私も魅せられてしまったか。
現実に戻ってこなくてはなりません。

海の見える汀館の街も素敵な雰囲気です。汀館に行きたいー。
きっと私の知っている街がモデルなのですが、舞台が昭和40年代くらいのようで、公衆電話が赤電話だったりして、そのあたりの古さも良い感じでした。

本の表紙も良いですね。わくわくすることが待っている予感がする。
あと、表紙を開いたところに描かれているスカーフの模様がとても素敵で、心踊ってしまいます。

余談ですが、最初、マリカの名前は、マトリョーシカから来ているのでは?と思っていたバカな私です(だって、マトリョーシカという言葉の中には、マリカって文字が入っているじゃないのー・笑)
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  [ 「十一月の扉」高楼方子 ]
2008-10-01(Wed) 22:35:41
十一月の扉 (新潮文庫)
「十一月の扉」 高楼方子  (新潮文庫)

「緑の模様画」が春の芽吹きを感じるような良い物語だったので、高楼さんの他の本も読んでみようと思ったのでした。
「十一月の扉」は秋冬のお話。

中学2年の爽子は、ある日、「十一月荘」という素敵な洋館を見つけます。赤茶色の屋根の白い木造の二階家。
親の転勤が決まった爽子は、転校するまでの数週間の間、十一月荘に下宿させてもらうことになります。
十一月荘に住んでいるのは、個性豊かな女性たち。英語の先生だったという大家の閑さん、建築士の女性、小学一年の女の子とその母親。他に、閑さんのところに勉強を習いに耿介という少年が通ってきます。
素敵な洋館で、素敵な人たちと共にすごす時間。少女の心には、けっこうときめきを感じるかも。
私も高校の時、下宿をしていたけれど、こんな素敵空間じゃなかったなぁ。

爽子はある日、格調の高そうな文房具屋さんで、ドードー鳥の細密画が型押しされている芸術品のような魅惑的なノートを見つけ、どうしても買わずにはいられなくなり、お小遣いをはたいて自分のものにします。
その素晴らしいノートに、爽子は、身の回りの人をモデルにした動物たちの物語、「ドードー森の物語」を書き始めるのでした。

物語好きの女の子の心を、いろいろとくすぐる展開です。
ちょっとジブリの「耳をすませば」を思い出したり。
最初、皮肉なことを言ったりして、シャープで文化系的に格好いい感じの耿介は、天沢聖司くんみたいだなぁと思いました。

「『十一月には扉を開け』ってことよ。どっちがいいかって迷うような事があっても、それが十一月なら、前に進むの。」という閑さんの言葉が印象的でした。
十一月にはきっといいことがある、と思える物語です。
まだ十月ですけどね。自分にとって「○月ならOK」っていう月がそれぞれあったら心強いかもしれません。


ところで、この前、映画館でふと目に留まったチラシに「児童文学の魅力」という文字があり、ふーん?と思いながら見てみたら、講演会のチラシで、「講師 高楼方子」と書かれているではありませんか!
えーーっ!? 行く、行くよ! ありがとう、チラシを置いていた映画館!(映画とは何の関係もないのに)
まだ十月だけど、きっといいことがある~と思っています。
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